子供のアレルギーやアトピー性皮膚炎、授乳中の食品で減少?

 (毎日新聞10月22日夕刊に関する解説)

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広島市の全公立小学2年生全員の保護者へのアンケート調査により,授乳中に卵を多く摂取した母親から生まれたこどもは卵アレルギー (アレルギー疾患全般には 有意差なし)になりにくく, 妊娠中や授乳中に揚げ物やファストフードを多く摂取した場合は児のアトピー性皮膚炎皮膚炎のみ で他のアレルギー疾患には有意差なし)の罹患率が低いという結果が得られました (2005年10月22日,盛岡で開催された第55回日本アレルギー学会にて発表 ).

演題番号378の発表に関して、 母親のアレルギー歴を含む家族歴(遺伝的な因子のこと)などの交絡因子は解析対象から 除外してあり、また卵や牛乳を多く摂取するほど、アレルギーの割合が下がるので正しい観察結果であると思います.しかしそれでもなお、 乳児期早期に子どもがアレルギーとなり、以後、卵や牛乳を食べなかった母親が「制限した」と間違えて回答していたこともありえます.その場合、実際の数値よりも確率が高くなっている可能性 はあります.今回の結果を確認するためには、介入試験などの方法が必要となります.つまり、母親が授乳中に卵を摂取すると、その後の児の卵アレルギーの比率が下がるのかどうか、長期的に検討していくことが必要になります. なお、英国ではすでに介入試験が実施され今回の結果と同様な結果が得られています(下記参考文献). しかしながら、確固たるエビデンスがないままに(=正しい疫学手法をもちいた調査もなしに)アレルギー疾患発症予防のための食物摂取制限指導が行われていて、そのことが妊婦さんや授乳中への母親への負担となっている 我が国の現状を考えると、「アレルギー疾患発症予防のための食物摂取制限はエビデンスが乏しい」ということを問題提起する意義は十分にあると考え学会発表 し、このページでも解説しています.なお、すでに、食物アレルギーと診断されている 乳児では食物制限をしないと危険な場合があり、母親に対し食物を制限するように指導することがしばしばあります

なお、 今回の結果はアンケートをもちいた疫学調査によるものです.ほとんどの医学研究と同様、リスク論、確率論の問題ですので一人ひとりの例に100%あてはまるわけではありません.

参考文献

Woodcock A, ほか Early life environmental control: effect on symptoms, sensitization, and lung function at age 3 years. Am J Respir Crit Care Med. 2004 Aug 15;170(4):433-9. ダニ、卵、牛乳などのアレルゲン除去を周産期に行ってもアレルギー発症予防効果はなく、むしろその後のアレルゲンに対する感作を高める傾向にあ るとする 英国における介入試験結果です(アレルギーになってしまった場合はこれらのアレルゲン除去は有効であり、有用な治療手段ですN Engl J Med 2004;351:1068-80., J Allergy Clin Immunol 1998;101:28-32).

学会抄録

377.本邦におけるアレルギー性疾患の発症と環境因子に関する研究(第2報:妊娠,授乳中の母親の脂質摂取の影響)

折原芳波1,2) 二村恭子1) 谷本和哉1) 篠原示和1) 戸部 敞2) 斎藤博久1) 松本健治1)

国立成育医療センター研究所 免疫アレルギー研究部1) 昭和大学大学院 薬学研究科2)

【目的】授乳中やその後の食事,特にn-6系脂肪酸や過酸化脂質の摂取とアレルギー疾患の発症の関与を示唆する報告が散見されるが,不明な点も多く残されている.今回私達は,本邦における妊娠,授乳中の母親の脂質摂取と児のアレルギー疾患の発症について検討した.【方法】広島市の全公立小学校2年生の保護者を対象として自記式によるアンケート調査を行った(配布数11,163,有効回答率89.3%,男児4,776名,女児4,878名).家族歴,性別や年長の兄弟数などを交絡因子として,妊娠後期と授乳期の母親の脂質摂取がその後のアレルギー疾患の発症に与える影響についてロジスティック回帰分析法を用いて検討した.【結果】妊娠後期および授乳期に母親が揚げ物やスナック菓子,ファストフードを多く摂取した群では非摂取群と比較してアトピー性皮膚炎(AD)の発症頻度が有意に低く,特に4才以降の発症が少なかった.しかし,他のアレルギー疾患ではこのような強い相関は認められなかった.【考察】妊娠後期および授乳期の母親の脂質摂取はTh2の抑制とは別の経路を介してその後のADの発症に関与する可能性が示唆された.

378.本邦におけるアレルギー性疾患の発症と環境因子に関する研究(第3報:授乳中の母親の摂取と特異的感作)

篠原示和 二村恭子 折原芳波 谷本和哉 斎藤博久 松本健治

国立成育医療センター研究所 免疫アレルギー研究部

【背景】ハイリスク児のアレルギー疾患の一次予防として,完全母乳栄養と生後6ヶ月までの固形物や牛乳の摂取制限が有効とされている(Muraro A,2004).しかし,授乳中の母親の食物摂取に関しては不明な点が多い.今回私達は,授乳中の母親の食事が児の食物アレルギーの発症に及ぼす影響について検討した.【対象及び方法】広島市の全小学2年生の保護者を対象に質問紙調査を行った(配布数11,163枚,回答率89.4%).そのうち完全母乳栄養の児を対象に,授乳中の母親の食事が学童期までの児の食物アレルギーの発症に及ぼす影響について,児の性別,家族歴及び兄弟等を考慮したロジスティック回帰分析を用いて検討した.【結果】授乳中の母親が卵又は牛乳を全く摂取しなかった場合,摂取した場合に比して児のアレルギー疾患の発症頻度は有意に高かった.また,卵や牛乳の摂取は頻度依存性にそれぞれ卵アレルギーや牛乳アレルギーの発症率低下と有意に相関していた.【考察】授乳中の母親の卵又は牛乳摂取は,おそらく経口免疫寛容の機序を介して抗原特異的に児の食物アレルギーの発症を抑制し,その後のアレルギー疾患の発症を低下させる可能性が示唆された.

アレルギー用語解説(下に抜粋+αを示します)

IgE抗体

1966年,石坂らによりT型アレルギー反応の原因物質がIgE抗体であることが明らかにされた.以後血液検査によりアレルゲンに対する特異的IgE抗体 を検査することにより,アレルギー反応が関係した疾患かどうか判定できるようになった.喘息や花粉症などアレルギー疾患の多くはIgE抗体依存性である微量のアレルゲンに対し、IgE抗体をつくりやすい体質(Th2細胞が多い)とつくりにくい体質(Th1細胞が多い)は両極端に分かれるので、100名のIgE抗体の検査値を高い順に並べると2峰性になる.

 

アトピー性皮膚炎

1933年にWiseとSulzbergerによって提唱された疾患概念であり,アトピー体質の人に発症することの多い苔癖化を示す慢性湿疹に対して名づけられた.今日では,T型アレルギー反応のみならず, 皮膚バリアー機能の低下やW型アレルギー反応も重要な働きを演じていることが判明している.また、現在の診断基準はアトピー体質の有無は絶対条件ではないので,アトピー体質ではない患者でもアトピー性皮膚炎と診断されることがある

 

アトピー性皮膚炎の診断基準

@良くなったり悪くなったりを含めてヶ月以上繰り返す湿疹、Aかゆみを伴う湿疹、Bしばしば左右対称の年齢により特徴的な部位に出る湿疹、以上の3つがそろった場合アトピー性皮膚炎と診断できる.IgE抗体高値やアトピー体質は参考条件なので、なくてもアトピー性皮膚炎と診断されることがある. つまり、アトピー性皮膚炎とは似た症状を示す複数の原因による皮膚の病気の総称である. 診断基準によって決まるので、基準を無視して「3週間前に発症したアトピー性皮膚炎」であるとか、「かゆみのないアトピー性皮膚炎」ということはあり得ない(医学部の試験によく出る問題)

 

アトピー(体質)

低用量のアレルゲン(通常は蛋白質)に反応してIgE抗体を産生し,喘息,鼻結膜炎,湿疹/皮膚炎などの典型的な症状を発症しやすい個人的または家族性の体質のことをいう.1923年,Cocaらは魚や花粉などに対して過敏症を示す患者は,遺伝する傾向があることを発見し,非典型的 を意味するアトピーと命名した.アトピー性皮膚炎と同義語ではないことに注意.

 

アレルギー

免疫学的機序による過敏症・過敏性反応のこと

 体の中に入ってきた細菌,寄生虫,花粉などの異物(抗原)はマクロファージなどの抗原提示細胞に捕食され,その構成成分の一部がマクロファージの細胞表面に提示される.この提示された抗原に対してT細胞が反応することによって免疫応答が始まる.この免疫応答は,抗体(免疫グロブリン)の産生による抗原の不活化,顆粒球の活性化がおこり異物を攻撃することで始まる.アレルギーとは本来備わっているこの一連の免疫応答が自己にとって不都合な過剰反応をおこす状態をいう.なお,アレルギーをおこす抗原をアレルゲンという.

 

アレルゲン

アレルギーをおこす抗原のこと.通常,分子量5,000以上の蛋白である.水(分子量18),塩(分子量58),糖(分子量180)など低分子物質はアレルゲンにならない.アレルゲン性の強い蛋白はダニやゴキブリの糞,鶏卵中のオボムコイド,スギ花粉,猫,犬,ねずみ,ハムスター,モルモットなどペットの排泄物が知られている.

 

I型アレルギー反応(クームスの分類)

クームスとゲルが1963年に提唱したアレルギー反応の分類. T型:IgE抗体を介したアレルギー反応. アレルギー疾患の多くはこの反応が関係するアレルゲンの負荷後数分でおこるので即時型アレルギー反応とも いう. U型: V型:IgG抗体が関係することが多い.詳細省略.SLEなどの膠原病・自己免疫疾患に関係. W型:T細胞が関係する反応、48時間程度の時間を要することが多く,遅延型アレルギー反応とも呼ばれる.接触性皮膚炎(表皮:皮膚の浅いところでおこる)やツベルクリン反応(真皮:皮膚の深いところでおこる)などがある.

 

疫学調査

最新の疫学調査によるとたばこを吸う人の100人に8人が60歳以降、慢性閉塞性肺疾患(COPDと略します;喘息と同じ様に呼吸困難を伴 い時に命にかかわる病気です)という病気になるのに対して、吸わない人では100人に2人しかそうならないことがわかりました 肺がんでも同様なことが知られています

 たばこを吸うと100%がんやCOPDになるわけではないので、一人ひとりを見ると疫学調査があたることもあれば、はずれることもありますしかし、国民全体で見れば、3000万人の若い喫煙者に禁煙させることに成功すれば180万人のCOPD患者の発生を防ぐことになり、肺がん患者の発生も激減させることができます疫学調査は(疫学調査に限らずほとんどの医学研究 は)一人ひとりで見るとはずれる場合も多いのですが、グループ全体で見た場合、解析手法さえ正しければ非常に信頼できるものなのです一人ひとりで見るとはずれる場合も多いので、100%その人の人間性を破壊してしまう麻薬と違い、たばこを法律で禁止することはできませんが、このままで行くと、10年後、20年後に 中高年になったときCOPDや肺がんになる人は確実に増えますので、公共施設を全て禁煙に するなどのキャンペーンが展開されているわけです

 

過敏症・過敏反応

正常被験者には耐えられる一定量の刺激への曝露により客観的に再現可能な症状または徴候を引き起こす疾患・反応をいう

 

交絡因子

例えば「麻雀をよくするほど肺がんになり易いかどうか」調べようと思います たばこを吸う人あるいは周囲にたばこを吸う人が多い場合、肺がんになりやすいことはよくしられています(確率論ですから、もちろん、たばこを吸わないで肺がんになる人もいます) そして麻雀をよくする人はたばこをよく吸う傾向にあると仮定します 本当は麻雀をしても肺がん発生には全く影響がなくても、麻雀をよくする人はたばこをよく吸うので肺がんの発生が多くなります そこで誤って「麻雀をよくするほど肺がんになり易い」という結論を導いてしまうかもしれません この場合はたばこは交絡因子に相当します

 

Th1細胞とTh2細胞

免疫反応をコントロールする2種類の拮抗的なヘルパーT細胞(1型がTh1細胞,2型がTh2細胞)のこと.アレルギー患者では,Th2細胞が増殖しており,インターロイキン4や10の作用でTh1細胞の増殖が抑制される.また,乳児期にTh1細胞が増殖するとインターロイキン12やインターフェロンγの作用により, 成人になってもTh2細胞の増殖は抑制される.100人採血し,特異的IgE抗体を測定すると高値群と低値群の2つのグループに分かれるのは,Th1細胞とTh2細胞の拮抗作用による.

 

参考文献